読んだ : エンジニアリング組織論への招待
広木大地さんの 『エンジニアリング組織論への招待』。 良い本だと話題になってましたね。 うちのチームでも皆で読んでます。
エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング
- 作者: 広木大地
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2018/02/22
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書の 「はじめに」 には、以下のように書かれています。
本書は、「不確実性に向き合う」 というたった 1 つの原則から、エンジニアリング問題の解決方法を体系的に捉える組織論です。 わからないものを避ける本能を、どのように理解し、克服し、導くのか。 テクノロジーを力に変えたい経営者やエンジニアリーダー、そして、今、かつての私と同じように悩んでいる人へのチャレンジのきっかけとなればうれしいです。
エンジニアリングとは 「何か役に立つものを」 「実現していく」 ことであり、そこで重要なことが 「不確実性を小さくしていくこと」 である、というのが本書の根幹にある考え方です。 役に立つものを実現していく流れの中には、「役に立つものとは何か」、「どうやって実現するのか」、「いつ実現するのか」 といった不確実さが多くあります。
不確実性を大別すると未来に対する不確実性 (環境不確実性) と他人に対する不確実性 (通信不確実性) に分けられます。 それらへの対処として、認知と意思疎通、組織論やアジャイルといった考え方について説明されます。
認知の話や組織論の話、アジャイルなどについて様々な本が世の中には存在していますが、「エンジニアリング」 という観点で一冊にまとめあげられた書籍は本書しかないのではないでしょうか? エンジニアリング組織における組織論についての、ある種の教科書的な書籍であると感じました。 エンジニアリングについての組織論の入り口としてはオススメの一冊です。
個人的に気になったこと
本書を読んでいて自分が感じたことや新たに発見したことを紹介しておきます。
リアルオプション戦略 (遅延した意思決定)
早期に大きな投資をして大きなリスクを取るのではなく、最初は小さな投資を行って不確実性を小さくしてから (成功する見込みが大きくなってから) 大きな投資をする、というようなものがリアルオプション戦略。
システム思考
ロジックツリーを作るような単純な依存関係の要素分解をするのではなく、様々な要素が複雑な依存関係を持っているとみなして全体を捉えるのがシステム思考。 同僚に聞いたら 10 年前ぐらいに流行ったらしい。 下記の書籍をおすすめしてもらったので今度読んでみる。
世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方
- 作者: ドネラ・H・メドウズ,Donella H. Meadows,小田理一郎,枝廣淳子
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2015/01/24
- メディア: 単行本
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なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?―小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方
- 作者: 枝廣淳子,小田理一郎
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2007/03/01
- メディア: 単行本
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ジョハリの窓
自己について、自己が認識しているかどうかと他者に認識されているかどうかの 2 軸で四象限に分けたもの。
- 自己が認識しており、他者からも認識されているもの : 開放の窓
- 自己は認識しているが、他者からは認識されていないもの : 秘密の窓
- 自己が認識しておらず、他者からは認識されているもの : 盲点の窓
- 自己が認識しておらず、他者からも認識されていないもの : 未知の窓
メンタリングにおいては、メンターとメンティ互いの開放の窓を大きくしていくことが、対人リスクを下げて生産的な関係を構築していくことにつながる。
プロダクトマネジメントとプロジェクトマネジメント
プロダクトマネジメントはマーケット不安を抱えて、目的不確実性を扱う。 プロジェクトマネジメントはスケジュール不安を抱えて、方法不確実性を扱う。 プロダクトマネジメントはプロダクトを続けること (価値を提供し続けること) が目的で、プロジェクトマネジメントはプロジェクトを完了させることが目的。
アジャイル
アジャイルというのは開発方式を表しているのではなく、状態を表す。 アジャイルな状態まさに自己組織化された状態で、下記のような状態を指す。
- 情報の非対称性が小さい
- 認知の歪みが少ない
- チームより小さい限定合理性が働かない
- 対人リスクを取れていて心理的安全性が高い
- 課題・不安に向き合い不確実性の削減が効率よくできている
- チーム全体のゴール認識レベルが高い
アジャイルに関してはこれまでもいろいろ読んできたけど、本書では歴史なども踏まえて説明してくれていて、特に思想的な部分がわかりやすくて良かった。
暗黙知と形式知についての SECI モデルや、リフレーミングに関わるダブル・ループ学習の話なども (これまでも見たことがあったけど) 紹介されていた。
プリンシパル・エージェント理論やエージェンシースラック
経済における人間関係を、依頼者 (プリンシパル) と代理人 (エージェント) の契約の束としてとらえる考え方をプリンシパル・エージェント理論というらしい。
そして、代理人が依頼者に対して嘘をついた方が利益を得られる状況の場合に、その利益分をエージェンシースラックというらしい。 (例えば、代理人が実際よりも多くコストを算出して依頼者に請求する場合とか。) エージェンシースラックを解消するために依頼者が払う監視やインセンティブなどのコストを、コントロールコストという。 また、代理人側がエージェンシースラックを解消するために払うコストをシグナリングコストという。
こういうの、いたるところで発生するはずだから意識していきたい。
多点見積もり
工数見積もりにおいて、平均的な場合の工数だけでなく、最悪の場合の工数 (もうちょっとちゃんとした言葉で説明されてる) なども見積もって見積もりに幅を持たせる手法が紹介されてた。
確かに見積もりには幅があるはずだけど、普段チームで会話するときには見積もりの幅を意識してないなーと思った。
権限移譲
権限移譲のレベルについて、デリゲーションポーカーで測るという方法や、その後に権限の可視化をしっかりしておくことが大事。 (チームが自発的、自律的に動きやすいように。)
技術的負債
マーティン・ファウラーの 「技術的負債の四象限」 やフィリップ・クルーシュテンの四象限、クラウス・シュミットによる数学的定義が紹介されてた。
本書では 「技術的負債の問題とは、経営者とエンジニアの間に存在する 「認識の差」 の問題」 って書かれてて、確かにそういう部分が問題になることも多いと思うのだけど、結構エンジニア側のチーム内でも認識の差があることも多いよなぁ、ということを思ったりした。 (個人的には、チーム内で認識を統一できていれば経営者側への説明もしやすいのではないか、って気がしている。)
取引コストと技術組織
プロダクト開発を内部のリソースで行うべきか、外部のリソースで行うべきか、ということを考えるために取引コスト理論が紹介されていた。
経済取引には取引コストが発生し、それは次の 3 つに大別できる。
- 探索のコスト : 取引相手を見つけるために支払うコスト
- 交渉のコスト : 取引相手と交渉を行うために発生するコスト
- 監督のコスト : 取引相手が契約した取引を履行するように監督と矯正を行うコスト
外注して取引を続けた場合、システムについてその外注先しか把握できない状態になり、ホールドアップ問題 (取引コストが上がる) が発生したりもする、とのこと。
あと、社内でも IT 部門を P/L 独立させた場合などは、部門間で取引コストがかかることになって、外注するのと変わらない状況が発生しうる、みたいな話も。 耳の痛い話だ。
関連書籍の紹介
上でも言ったように、本書では様々な内容を取り扱っているので、特定の内容について掘り下げたい場合は別の書籍を読むのも良いと思います。 また、本書の内容とはちょっと違っているが、関連する内容の書籍もいろいろあります。 自分が読んだことのある書籍をいくつか紹介します。
認知についてや、なぜ行動を起こせないのか、リフレーミングという点については、『なぜ人と組織は変われないのか』 が興味深かったです。
なぜ人と組織は変われないのか ― ハーバード流 自己変革の理論と実践
- 作者: ロバート・キーガン,リサ・ラスコウ・レイヒー
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2014/09/01
- メディア: Kindle版
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組織学習 (リフレーミングについても) については 『チームが機能するとはどういうことか』 も良かったです。
チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ
- 作者: エイミー・C・エドモンドソン,Amy C. Edmondson,野津智子
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2014/05/24
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自己組織化については 『エラスティックリーダーシップ』、自律やメンタリングについては 『人を伸ばす力』 も良かったです。
- 作者: Roy Osherove,島田浩二
- 出版社/メーカー: オライリージャパン
- 発売日: 2017/05/13
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- 作者: エドワード・L.デシ,リチャードフラスト,桜井茂男
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 1999/06/10
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社内でも部署間で取引コストが発生してしまうというような話については、『サイロ・エフェクト』 が参考事例として面白い書籍です。
- 作者: ジリアンテット,Gillian Tett,土方奈美
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/02/24
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